わがブランド・ライフの30年 |
株式会社ギルガメシュ 代表取締役会長 石田天祐 セレクト2003・12月号より抜粋 |
30歳の誕生日を機に私は畑違いの業界から輸入ファッション商品を扱うコロネット商会に転職した。フランス語とイタリア語で契約書が作成できる人材を集めているという誘いに乗り、人事部長の友人の勧めるままに転職を決意。当時のコロネット商会は社員数約180名、年商70億円規模の会社で、ダンヒル、ジバンシー、クロエなどの著名ブランドの輸入総代理店であった。創業者の桃田有造社長は常識を超越した傑物で、グローバルな世界観を持ち、海外の一流人を多数知人に擁していた。 転職後の初仕事はミラ・ショーン、エミリオ・プッチ、ションベールの3ブランドの独占輸入契約を締結すること。交渉は桃田社長が自ら行い、私は単に契約書を作成するだけ。転職の第一関門は無事越えられた。会社の主力ブランドは婦人服のクロエが三本柱の一角を占めていたが、突如難問が発生。フランスのクロエ社のチーフ・デザイナーを勤めるカール・ラガーフェルト氏が独立を訴え、関係者一同右往左往の大騒ぎとなった。カール・ラガーフェルト氏は10年後シャネルのチーフ・デザイナーに選ばれ、ヨーロッパ・ファッション界の第一人者となるが、日本ではまだ無名の存在だった。しかし、天才的な彼のデザイン能力の助けがなければ、クロエの将来もおぼつかないということは衆目の一致するところ。結局、慰留するために報酬を倍にすることで話し合いはついたが、その増加分は婦人服を日本でライセンス生産しているコロネット商会が負担することで決定したのである。クロエはファッション市場における最も高価な婦人服として富裕層に名高いブランドであったが、高価ゆえに販売量を限定されていた。いきなり2倍に跳ね上がったロイヤリティをフランス側に送金する余裕はコロネット商会にもない。窮余の策として、編み出されたのがライセンス・ビジネスであった。 ライセンスとはブランドを商品アイテムごとに他の企業に貸し出し、製造販売権貸与の対価としてロイヤリティを受領するビジネスである。扱うブランドが有名になれば、商標使用権を希望する企業が増え、ロイヤリティも上昇し、うまみのある商売となる。が、昭和40年代においてはライセンス・ビジネスはまだ一般的ではなかった。事の成り行きでライセンスの担当者となった私はジバンシーやルチアーノ・フォルネリスも手掛けるようになり、のちのちライセンス・ビジネスの草分けと称されるに至った。 ジバンシーは人気女優オードリー・ヘップバーンのコスチュームを一気に引き受けたデザイナーとして高名で、ライセンス・ビジネスを開始するや、日本中のファッション雑貨の企業からライセンスの申込が殺到し、受け取った名刺の数は数千に及んだ。ルチアーノ・フォルネリスはジバンシーほど知名度は高くなく、ライセンス・ブランドとして日本市場に認知させるまで多少の苦労を要したが、私個人の意向を反映がさせることができる点、著名ブランドのブローカー的な窓口でいるよりもいっそうのやり甲斐を感じた。ブランド・プロデューサーの心意気を持ってマスコミ業界の人脈を広め、雑誌媒体にフォルネリスの名を次から次へと登場させ、知名度の向上を図るとともにライセンス・ブランドとしての位置を確立した。ジバンシー、クロエ、カール・ラガーフェルト、フォルネリスの許諾商品のサブライセンシーが満杯状態になると、ファッション業界からミラ・ショーンのライセンス化の要望が高まった。イタリア側と折衝の結果、伊藤忠商事と折半でミラ・ショーン・ジャパンという子会社を設立し、ライセンス・ブランドとして市場に広く開放した。 桃田社長とはダンヒルのライセンス・ビジネスについて協議し、限定的に実施した。コロネット商会はライセンス・ブランドを供給する会社としてファッション業界で一躍有名になり、波及効果によって自社生産のライセンス商品である婦人服の売り上げも大幅にアップ、わが世の春を謳歌する一時期もあった。しかし、栄華の春は長続きせず、バブル経済もはじけ、酷暑の夏を迎えると、異変が起こった。行進に道を譲るべく会長に退いた桃田社長が新しい会社を設立すると宣言して、自分が創業した会社にあっさり辞表を提出した。会長退任の条件はルチアーノ・フォルネリスのライセンス権を持って出ることだった。3ヵ月後、私も桃田社長に殉じて、ただひとり退社した。50歳の時だ。独自のブランド・プロダクションの会社を設立したいと主張すると、新会社プレステージの社長におさまった桃田氏は承諾し、フォルネリスのライセンス・ビジネスも許可してくれた。古代オリエントの不老不死の英雄の名を冠して、会社名はギルガメッシュと名づけた、50歳を迎えて新たな門出を迎えた瞬間でもあった。 私は京都大学の言語学科で30数ヶ国語を学んだときの独自の人脈を駆使して、海外のデザイナーと次々と契約を結び、ブランドとして日本市場に登場させた。アリス・アリサ、ヴァレンティノ・ヴァザーリ、デボラ・モーガン、ニーナ・ニーロ、 マリア・コモ、ヴィオラ・マカートニー、カロリーヌ・シルエット、モニカ・モニー二などである。現在は新たなキャラクタービジネスも手掛けようと奔走している忙しい日々である。 独立して、早10年余り、年齢的には還暦を迎えたが我が野望と夢はまだまだ衰えることはない。 ![]()
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